嫁姑問題で離婚は認められるのか?親族との不和問題を徹底解説!

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「親族間の不和」により離婚を決意する人は珍しくありません。

そこで「親族との不和」により離婚が成立した裁判事例などについて解説したいと思います。

嫁姑問題で離婚が認められるのか?

嫁姑問題で離婚が認められるのでしょうか?

民法770条1項の規定によれば、離婚が認められる条件は以下の5つです。

民法770条1項の規定
  1. 不貞行為
  2. 悪意の遺棄
  3. 3年以上の生死不明
  4. 回復の見込みのない重度の精神病
  5. 婚姻を継続しがたい重大な事由

上記項目には、嫁姑問題に直接当てはまる項目はありませんので、嫁姑問題で離婚する場合には「婚姻を継続しがたい重大な事由」を主張することになります。

具体的には「嫁姑問題をキッカケとして破綻した夫婦関係は回復する見込みがない」と認めてもらう必要があります。

妻が怒りを覚える夫の行動

さて、、、嫁姑問題が夫婦関係にまで影響するのはなぜでしょうか?

妻が怒りを覚える夫の代表的な行動を箇条書きにすると以下のようになります。

民法770条1項の規定
  1. 妻の目の前で姑を擁護する
  2. 問題を直視しない(なだめるだけ)
  3. 対話を避ける(妻の話を聞かない)
  4. 問題を「嫁姑問題」に限定する
  5. 嫁姑問題を解決する素振りを見せない

親族との不和で離婚を決意する割合

離婚 親族との不和

上図は、家庭裁判所に離婚調停を申し立てた人の割合を示したものです。家族親族と折り合いが悪いと回答した方は、男性で15%、女性で7%います。

男性の割合も多い実態をみれば、相手方の両親との関係性で悩んでいるのは女性だけではない実態が浮き彫りになります。男性だって、妻の両親との関係性に悩んでいるのです。

裁判の事例

親族との不和で裁判になった事例を(嫁姑問題に限定せずに)紹介していきます。

夫の両親と妻の不和を原因とする妻からの離婚請求

津地方裁判所四日市支部判決昭和37年11月8日(家庭裁判月報15巻4号60頁・判例タイムズ148号92頁)を紹介します。

まずは、裁判の概要をまとめておきます。

裁判の流れ
  • 第一審
    ⇒妻(原告)が夫(被告)を訴えた
    【津地方裁判所四日市支部判決昭和37年11月8日】
夫婦の歴史
  • 昭和23年       婚姻
  • 昭和24年4月       長女出生
  • 昭和25年11月     妻が家を出て別居
  • 昭和26年5月       妻が離婚調停申立て
  • 同年          別居解消
  • 昭和33年6月       妻が再び別居

この裁判は、妻が夫に対して離婚を申し立てた事例です。

妻は夫と夫の連れ子4人と同居して、家事や夫の日用雑貨販売業の販売や店番等を行ってきました。

しかし夫の連れ子は妻に馴染もうとはせず、夫は妻と連れ子の対立を知っていたにも関わらず、問題を改善する積極的な努力をせずに放置しました。

妻は自分の存在意義を家事、営業労働者として酷使されることにすぎないと信じるまでになり、家庭内において妻は精神的に孤立し、妻は夫に対する夫婦としての愛情すら失いました。

裁判所は夫婦が「相互の愛情を基礎とする共同生活」を営むことがほとんど不可能になったことから、婚姻を継続し難い重大な事由があるとして妻からの離婚請求を認めました。

本裁判事例のポイントは「何もしないのも離婚理由になる」という点です。

本裁判の場合、夫は連れ子と一緒になって妻をないがしろにしていたわけではなく、夫は妻と連れ子の不和を知りながら「何もしなかった」わけですが、積極的に蔑ろにするという行為がなくても、離婚理由として認められる可能性がこの裁判で明らかになりました。

妻の母と夫の不和を原因とする夫からの離婚請求

東京地裁判決昭和38年5月27日(判例時報349号54頁)を紹介します。

まずは、裁判の概要をまとめておきます。

裁判の流れ
  • 第一審
    ⇒夫(原告:反訴被告)が妻(被告:反訴原告)と妻の母(被告)
    【東京地裁判決昭和38年5月27日】
夫婦の歴史
  • 昭和28年5月   婚姻
  • 昭和29年10月    長女出生
  • 昭和33年9月      夫は新潟県に赴任、別居開始
  • 昭和33年9月      婚調停申立て

この裁判の登場人物は、夫婦と妻の母の3名です。事の発端は、妻の母が夫を嫌い、娘(妻)に夫との離婚を強く勧めたことでした。

妻の母親が夫(娘の旦那)を嫌いになった理由は、医師として研究職に打ち込む夫の給料が低かったことにありました。そして当初は母親に反発していた妻でしたが、次第に母親に同調するようになります。

夫は妻から(給料の低い)研究生活を諦めて(給料の高い)臨床医として働くことを強く求められたり、自分が所有名義になっている家屋を売却された挙句、妻の母親名義の借家での生活を強いられた結果として、夫の妻に対する信頼感を失うのでした。

夫は単身で新潟県の病院に赴任して別居生活に踏み切るわけですが、それに納得がいかない妻は夫に対して離婚調停を申立てるのですが話し合いで決着がつかなかったため、その後離婚裁判に発展するのでした。

離婚裁判では、夫の婚姻する意思が失われたことから、婚姻を継続し難い重大な理由が生じているとして、夫からの離婚請求を認めました。

なお夫は妻および妻の母に対して慰謝料を請求しました。慰謝料請求の根拠は、婚姻関係の破綻を理由にしたものでした。(破綻慰謝料)

判決では夫から妻に対する慰謝料請求は認めましたが、その一方で妻の母親に対する慰謝料請求は認めませんでした。婚姻維持の責任は、原則として当事者にあるとしたのです。

夫の両親と妻の不和を原因とする妻からの離婚請求

名古屋地方裁判所岡崎支部判決昭和43年1月29日(判例時報515号74頁)を紹介します。

まずは、裁判の概要をまとめておきます。

裁判の流れ
  • 第一審
    ⇒妻(原告)が夫(被告)と夫の両親(被告)
    【名古屋地方裁判所岡崎支部判決昭和43年1月29日】
夫婦の歴史
  • 昭和39年4月    婚姻
  • 昭和40年1月      妻が別居

この裁判は、夫の両親との不和に対して何も改善しない夫に対して、妻が離婚を申立てた事例です。

妻は婚姻してから夫の両親が営む農作業を手伝っていました。一方で、夫は家業を手伝うことはなく会社に勤務していました。

婚姻してから1、2か月は平穏な日々が続いていたのですが、それ以降は別居するまでの約6か月もの間、妻は夫の両親から小言をいわれるなどいびられ続けました。

夫は、妻を冷遇したり、虐待することはありませんでした。しかし妻と両親との関係を改善するための誠意も見せず、具体的な行動も起こしませんでした。

裁判所は、妻と両親との不和を目の前にしても何もしようとしない夫の行動が明らかであったことと、夫に婚姻を継続する意思がないことが明らかであったこともあり、妻からの離婚請求を認めました。

なおこの裁判では妻から「夫」と「夫の両親」に対して慰謝料請求が申し立てられましたが、夫に対する慰謝料は認められたものの、夫の両親に対する慰謝料請求は認められませんでした。婚姻維持の責任は、原則として当事者にあるとしたのです。

夫の両親による嫁いびりを原因とする妻からの離婚請求

盛岡地裁遠野支部判決昭和52年1月26日(家庭裁判月報29巻7号67頁)を紹介します。

まずは、裁判の概要をまとめておきます。

裁判の流れ
  • 第一審
    ⇒妻(原告)が夫(被告)と夫の両親(被告)を訴えた
    【盛岡地裁遠野支部判決昭和52年1月26日】
夫婦の歴史
  • 昭和47年     婚姻
  • 昭和48年3月    長女出生
  • 昭和49年2月    長女を連れて別居
  • 昭和49年4月    妻のもとから長女を連れ去る
  • 昭和49年5月    離婚調停を申立て

この裁判では、夫の両親の妻に対する執拗な「嫁いびり」が問題視されました。妻は夫に対して両親との仲を取り持つように依頼しましたが、全く取り持ってくれません。

夫の両親との同居に耐えられなくなった妻は「以後は家に戻らない」と宣言して子供と実家に戻ることになります。

その後、夫が妻を訪ねて「子供を抱かせてくれ」というので子供を渡したところ、妻の知らないうちに子供を連れ去られた事件をきっかけに、妻は離婚調停を申立てるのでした。

裁判所は「嫁いびり」の実態を踏まえて、妻からの離婚請求を認める判決を下しました。

なおこの裁判では、嫁いびりが執拗に行われていることに言及しています。裁判で明らかになった嫁いびりの一部を箇条書きにします。

執拗な「嫁いびり」
  • 姑に従って食後の茶椀を片付けようとして舅から叱られる
  • 姑からご飯を食べる時の口の開け方が悪いといわれる
  • 姑から箸の持ち方が悪いと叱られる
  • 舅から仏壇の拝み方が悪いときつく叱られる
  • 2階に上がろうとしたら歩き方が悪いと叱られる
  • 掃除の仕方が悪いとほうきを取り上げられる
  • 掃除中に雑巾を投げつけられる
  • 茶椀蒸しにさつまいもを入れたのが悪いときつく叱られる

裁判所は、嫁いびりが妻の人権を侵害するほどのものであると指摘し、夫と夫の両親の全員に慰謝料の支払いを求めました。