学校では教えてくれない 「結婚」と「愛」の真実

「わたしは離婚したいのに、なぜ?離婚できないの?」と疑問に思ったことはありませんか?

婚姻制度は契約です。商品・サービスに関する契約であれば、こちらから「解約したいです。」と申し出れば契約を解消できるのが一般的です。

しかし離婚はそうではありません。あなたが離婚したくとも、配偶者が離婚に反対すれば、粘り強い交渉・別居生活だけでなく、調停・裁判で戦う覚悟も必要です。

なぜ?離婚には「高すぎる」ハードルが設けられているのでしょうか?

ズバリ答えは「家族愛(夫婦愛)は、国民国家の基本だから」です。わかりずらいと思うので詳しく説明しましょう。

国民国家は、見ず知らずの他人を「仲間」だと信じることで成り立っています。

災害や戦争が勃発した時に、「見ず知らずの他人がいくら困ろうと、わたしには関係がない」という態度であれば、国民国家が成立しないことは明白でしょう。

ではここで質問です。

見ず知らずの他人どころか、顔の見える範囲の人間、特に家族を「仲間」だと信じることができない場合、、、、、見ず知らずの人間を「仲間」だと信じることができるでしょうか?

そうなんです。家族愛は「愛国心」に密接に関係しているのです。ですから政府も「家族愛」なるものにこだわっています。

その証拠に、戦後ながらく日本の憲法には「家族愛」に関する記述はなかったのに、自民党の憲法改憲草案では「家族は、互いに助け合わなければならない。」(24条)という記述が新たに追加されています。

夫婦喧嘩はNG、性格の不一致などの理由で離婚するのも憲法の精神に反する!というわけです。

そろそろあなたが「あなたは結局のところ何がいいたいの?」と疑問に思っている頃だと思いますので、ズバリ、わたしのいいたいことをストレートに伝えましょう。

まずわたしが言いたいことは、もしあなたが婚姻制度に縛られているような感覚をもっているならそれは「当たり前」のことだ。ということです。

なぜならば見ず知らずの他人を「運命の人」とする『家族愛(夫婦愛)』や、見ず知らずの他人を「仲間」だと『愛国心』も「人類の発明品」であり、個人にとって自然な感情などではないからです。

ではなぜ?『家族愛(夫婦愛)』や『愛国心』が発明されたのかというと、、、、、その理由は、、、、、大規模定住社会を成り立たせるためです。

そう。わたしたちは「人類の発明品」でしかない、『家族愛(夫婦愛)』や『愛国心』などの幻想を、あたかも真実であるかのように信じ込まされているのです。

例えば今も昔も日本の学校では「みんな友達(仲間)」ということは熱心に教育されていますし、ドラマや映画で「愛は世界を救う」などのスローガンが掲げられることは珍しくありません。

そうやってあらゆる手段で少しずつ、少しずつ、「幻想」でしかないものを、「それらすべては真実であり世界そのもの」であるかのように信じこまされているのです。

そもそも仲間って「誰」のことでしょうか?そもそも「愛」ってなんのことでしょうか?

「よくわからない」という人が多いはずです。しかしわたしたちは「なんとなく理解したような気になって」毎日を過ごしています。

これまでの話をもう少し深堀りしていきたいと思います。

なぜ?よくわからないことを理解したかのように勘違いしているのに、そのことに疑問をもつことがないのでしょうか?

ズバリその原因は、「概念言語」です。

「愛とはなに?」と質問されても、よくわからないはずですが、「愛」という概念があるから「愛のようなもの」を信じることができます。

「仲間とはなに?」と質問されても、現代社会ではよくわからなくなっていますが、「仲間」という概念があるから「仲間のようなもの」を信じることができます。

さて、そろそろ冒頭の質問に対する答えがわかったはずです。

冒頭でわたしは「わたしは離婚したいのに、なぜ?離婚できないの?」と疑問に思ったことはありませんか?と質問しましたね。

今ならあなたにもその答えがわかるはずです。そう。答えは「みんなが幻想を信じないと『社会』が成り立たないから。」です。

「頑張って勉強すれば幸せになれるよ。」とか、「永遠の愛を信じれば幸せになれる。」とか、「みんな友達」とか、「ルール(法律)を守ることが大事」という大人になれば「必ずしも正しくない」ということはわかるはずです。

「頑張っても報われないのはよくあること」だし、「永遠の愛なんてものは幻想」だし、「みんな友達なわけがない」し、「マジメにルールを守っても幸せになれるわけじゃない」ことは、あなただって薄々気づいているはずです。

さて、材料がそろいましたので、このあたりであなたの人生を変えるかもしれない質問をします。

究極の2択

あなたには2つの選択肢があります。

1つ目の選択肢は、「幻想(ルール、法律を含む)を信じれば幸せになれる。」と妄信するという選択肢です。

2つ目の選択肢は、「幻想(ルール、法律を含む)を信じても幸せになれるわけじゃないことは重々承知の上で、社会生活を営むために幻想を信じているフリをする。しかし本当に大切なものを守るために必要な場合には、幻想を捨て去る覚悟をもつ。」という選択肢です。

あなたはどの選択肢を採用しますか?もちろん、今すぐ答えを出す必要はありません。

これまでの話は少し抽象的だったので、ここから先は「離婚」に悩んでいるあなたに向けて、もう少し具体的な解説をしたいと思います。

これから先のレポートを読めば、「今後あなたはどうすべきか?」ということがハッキリすること間違いナシですので、是非とも最後までお付き合いください。

こんなはずじゃなかった感

あなたは「こんなはずじゃなかった。」という気持ちになっているのではないでしょうか?

離婚の直接的な理由としては、性格の不一致、モラハラ・DV、異性関係など、さまざまな事情があると思いますが、離婚を検討する人のほとんどが、「過去の選択が間違っていたので人生を起動修正したい。」という気持ちを強く抱いています。

しかし離婚することを決心したところで、すべての不安が都合よく消えるわけではありません。

離婚したとして幸せになれる保証はない。さみしく孤独死するかもしれない。」とか、「離婚後に経済的に生活していけるのだろうか?」とか、「罪のない子どもに悪影響を与えてしまうのではないか?」などと自問自答した経験が、あなたにも一度はあるはずです。

その結果、「本当に離婚することが正解なのだろうか?」という気持ちになり、離婚準備に二の足を踏んでしまっているかもしれません。

ではどうすれば「離婚する覚悟」をもつことができるのでしょうか?

結婚ってなんだったの?

離婚準備に関するブログを運営しているなかで、たくさんの読者から「結婚ってなんだったんですかね?」とか、「結婚生活に疲れました。」などの意見を頂きます。

つまり離婚を検討している人の大半が、「結婚制度そのもの」に対する漠然とした違和感を抱えているのですが、その違和感の正体がわからずにモヤモヤしているのです。

もしあなたが子どもに「結婚制度って何のためになるの?」と質問されたとして、あなたは子どもの疑問にスラスラと答えることができるでしょうか?

残念ながら結婚制度の歴史は学校では教えてくれませんし、既婚者ですら理解している人は少数派です。

しかし結婚制度の歴史について理解することができれば、「結婚生活に疲れたり、不満を抱えるのはむしろ『当たり前』である」ことが理解でき、あなたの気持ちも軽くなると思います。

早速、結婚の歴史についてカンタンに解説していきたいと思います。

『結婚』≒『人の所有』

結婚制度を含むあらゆる制度は「法律」によって記述されています。ですから「法律が生まれた背景」を理解するのが、結婚制度を理解する近道になります。

法律は人類が1万年前から定住化したころに発明されたものですが、法律が発明された理由は農作物の所有を保護するためです。

余剰農作物を、どこに『保存』し、誰にどれだけ『配分』し『継承』するのかをハッキリさせることが、平和に暮らすために必要だったというわけです。

ちなみに所有という概念は、「使っていなくても自分のもの」ということを意味しますが、実は所有の概念をモノだけでなく人間にまで広げたものが「結婚」の正体です。

勘のいい方ならお気づきでしょうが、「結婚」制度が生まれてからしばらくの間、「結婚」と「愛」に何の関連性もなかったという点は見過ごしてはいけません。

むしろ「結婚」と「愛」に密接な関係があるという、現代人のわたしたちからすれば「当たり前」の発想は、人類の歴史のなかでは百数十年の歴史しかなく、むしろ『珍しい』ことなのです。(驚きませんか?)

では「愛」はいつ生まれたのでしょうか?、「愛」と「結婚」はどのようにして関係づけられたのでしょうか?

『結婚』と『愛』の関係

【情熱愛の誕生:12世紀】

永遠を誓うような愛は、12世紀の南欧から始まりました。もともとは身分の高い既婚の夫人に、崇高さを見出した騎士が膝を屈する営み(戯れ、おふざけ)でした。

既婚者の貴婦人は「神のような崇高なもの」、「手の届かない存在」として扱われており、「愛」は結婚という制度の『外』にしかありませんでした。

またこの時点での愛は一方的な贈与であり、現代人のわたしたちにとっては当たり前の「わたしはあなたを愛します。だからあなたもわたしを愛してほしい。」という交換を前提にしたものではなかったのです。

【宮廷愛の誕生:15世紀】

成就(交換)を期待しない情熱愛でしたが、15世紀に宮廷に持ち込まれると、既婚者同士のガチな宮廷愛に発展します。

とはいえ宮廷愛では成就(交換)が求められましたが、成就するためには「心の底から愛していること」(真の心)を証明する必要があったため、成就は非現実的でした。

例えば「『あなたはわたしの全てだ』なんて、ありそうもないセリフで口説くなら、「死」や「病」でそれを証明してください。」というお題が、女性から男性に突きつけられたわけです。

わかりやすくいうと「ロミオとジュリエット」的な死を遂げることが恋の成就を意味していたわけです。(日本人には「世界の中心で愛を叫ぶ」の方がわかりやすいかもしれません。)

【恋愛結婚の誕生:19世紀半ば】

一般人に愛が広まったのは、19世紀半ばに印刷技術が発達し、恋愛小説がブームになってからです。

恋愛小説を読んだ一般人は、「わたしもあんな恋愛をしてみたい」と憧れたわけです。

しかし一つだけ問題がありました。暇な貴族であれば「恋を患ったため死にそうです」などと『演出』することもできたでしょうが、毎日仕事をする一般人にはそんな暇はありません。

そこで「心の底から愛していること」(真の心)を証明するために、「結婚」が持ち出されたというわけです。

さて、愛の歴史について説明した理由は、「愛は絶対的なものではない」ということを是非ともこの機会に知ってほしかったからです。社会や時代によって、「愛」という概念は変化しているのです。

「愛」という概念の変化

法外にあるもの ⇒ 法内にあるもの
一方的な「贈与」 ⇒ 双方向の「交換」
ありそうもないもの(死・病) ⇒ ありそうなもの(結婚)

12世紀に誕生した情熱愛は「法外にあるもの」であり尚且つ、「一方的な贈与」であり交換を前提としたものではありませんでした。

しかし19世紀半ばになると「愛は交換を前提するもの」に変化しただけでなく、「愛の値段は『結婚』という図式」が成立したのです。

以上、「愛」という概念が変化していることを説明しましたが、「愛」の概念は現代でも変化し続けています。

ここから先は、理解を深めてもらうために「日本」に舞台を移して、もっと具体的に愛という概念の変化について解説したいと思います。

日本の「愛」と「結婚」

日本で恋愛結婚の件数が「見合い婚」を上回りはじめたのは1960年後半です。

つまり見合い婚の時代は「結婚」するのが先であり、「愛」は結婚してから育むものでした。

1970年代からは恋愛結婚が珍しくなくなるわけですが、「愛」はそれほど重要視されていませんでした。

「三高」(高身長、高学歴、高収入)という言葉があったように、女性は「恋愛と結婚は別」という意識を強くもっていましたし、男性もそのことがわかっていたから「肩書」にこだわったわけです。

しかし恋愛結婚が一般化すると、「恋愛と結婚は別」というそれまでの常識が破壊されていきます。

1対1の結婚に結びつく恋愛が推奨されたことで、1対1の恋愛が正しいという価値観が浸透するようになるのです。

ひらたくいえば「結婚する前から一人を愛せよ。結婚してからも一人を愛せよ。」というルールが「空気のように」当たり前になったのです。

これまでの話をまとめましょう。

1万年前に婚姻制度が発明されてからというもの婚姻という制度は、数ある複数の恋愛から特定の性愛関係を「正統化」するものであり、それ以上でもそれ以下でもありませんでした。その証拠につい数十年前までお妾(愛人)を囲うことですら珍しくもなかったのです。

2024年から発行が予定されている新1万円札の顔である「渋沢栄一」氏ですら妾を囲っていましたし、むしろ妾を囲うことは「社会的なステータス」でした。

「妾を囲うのはけしからん!」という風潮になってからも、「いかがわしい性愛」は社会のあちこちで発見することができました。

昭和のある時期までは、先輩が後輩に女性の口説き方を伝授することは当たり前でしたし、後輩が童貞だとわかると先輩がトルコ風呂(ソープ)に強制的に連れていくなんてことも珍しくありませんでした。

また1980年代のテレクラブームでは団地で暮らす主婦がテレクラで火遊びするなんてことも珍しくもなく、1990年代には女子高生の援助交際ブームがテレビや新聞でも大々的に取り上げられていました。

しかし、、、、現代はそのようなことは許されませんし、「存在していないかのように」扱われています。

「結婚する前から一人を愛せよ。結婚してからも一人を愛せよ。」というルールを破れば「世間から袋叩き」にされてしまいます。(あなたもご存知のように、平成最後の1年は芸能人の不倫スキャンダルだらけだった!)

ちなみにルール(法律)を守れ!という同調圧力が強い社会を、社会学では「法化社会」というのですが、法化社会では「損得勘定」が優先されます。(なぜならば、既にお伝えしたように、法律が発明された理由は農作物の所有を保護するためだから。)

現代人は結婚だけでなく恋愛にも「損得勘定」を持ち込んでいます。その証拠に、結婚しない若者に「なぜ?結婚しないの?」と質問すると、「コスパが悪いから。」という一昔前では想像もしなかったような返答に直面することもあります。

以上の説明をもとに、「愛」と「結婚」という概念の変化をまとめると以下のようになります。

「愛」と「結婚」の変化

愛を育むのは結婚『後』 ⇒ 『前』
結婚は『損得の産物』 ⇒ 『愛の産物』(恋愛婚)
結婚した後の恋愛は『アリ』(妾) ⇒ 『ナシ』
結婚前の恋愛は『1対多』 ⇒ 『1対1』

さて、、、、「愛」と「結婚」についての歴史を駆け足ではありますが解説してきました。

その目的は「愛」や「結婚」について「絶対に正しいことなんてないですよ。」ということを強調したかったからです。

絶対に正しいものがあると信じていると、どのような決断をしたところで「もしかして、わたしは間違っているのではないか?」と、自分で自分を苦しめてしまいますから、くれぐれも注意する必要があります。

さてここから先は、「愛」や「結婚」について「絶対に正しいことはない」ということを踏まえた上で、離婚準備中のあなたが採用できる選択肢を整理していきたいと思います。

選択肢#1)愛を信じる

1つ目の選択肢は「永遠の愛を信じる」という現代スタイルを貫くという選択肢です。

とはいえ「恋愛してから結婚する」スタイルが日本に定着したのは1970年以降からであり、長い歴史的な検証に耐えたわけではないことは念頭に置いておくべきです。

「永遠の愛を信じる」というスタイルを貫くコツは、「徹底的にロマンチックになる」です。

人と人との出会いは偶然性に満ちています。もしかしたら別の配偶者と結婚していた可能性だってあったでしょう。

しかしたまたま出会って恋に落ちた人を「運命の人」と信じたからこそ結婚したのだと思います。結婚した以上、夢から覚めてはいけません

もし現在、あなたが理想とはほど遠い生活を送っていたとしても、「現在の苦しみは将来の希望につながっているかもしれない。」と信じるのです。(そのような態度が「徹底的にロマンチックになる」ということを意味しています。)

ロックスターの故・内田裕也さんと結婚した故・「樹木希林」さんをイメージすると、わかりやすいのではないかと思います。

選択肢#2)なりすます

2つ目の選択肢は、(結婚生活が幸せだと)「なりすます」です。

そもそも結婚は「所有の概念をモノだけでなく人間にまで広げたもの」であることを思い出してください。

つまり結婚は権利分配についてのルールについて定めたものであり、それ以上でもそれ以下でもありません。

ですから結婚生活に「永遠の愛」なんてものを期待するのは金輪際「諦める」のです。具体的には、配偶者にあなたの理想や期待を押し付けることを金輪際「辞める」のです。

「諦める」、「辞める」というと、なんだかネガティブなイメージをもってしまうかもしれませんが、もちろん「不幸になることを受け入れろ」とアドバイスしているわけではありません。

幸せになるヒントは「お見合い結婚」にあります。

現代では恋愛結婚が一般的ですが、お見合い結婚した夫婦は「不幸」になったのでしょうか?いえいえそんなことはありません。

お見合い結婚で幸せになった夫婦は数多いですし、むしろお見合い結婚は、結婚生活に過剰な期待をもってしまったがゆえの失望を回避するという意味では、(お互いにとって)非常に合理的なシステムであるとも解釈できます。

お見合い結婚をヒントに、「なりすます」ことにより幸せになるコツをアドバイスしたいと思います。ズバリ「不自由を共有する」です。

不自由を共有するとは具体的には、「お互い別の人と結婚するという選択肢があったかもしれない。そんな状況のなかで結婚したのだからお互いがお互いに感謝して、少しずつ幸せになっていきましょうよ。」という態度のことです。

お見合い結婚の場合、結婚した段階では「愛」なんてものは当然ないでしょうし、別の誰かであってもよかったという関係性なわけですが、長い年月を一緒に過ごすことで「お前(あなた)じゃなきゃダメ。」という関係性の構築を目指すわけです。

もちろん「なりすます」だけでは「愛」は手に入りませんが、なりすますことによる「メリット」もあるはずです。(お金に困らない 等)

結婚生活に不満がないかのようになりすましつつ、入れ替え不可能な愛(お前・あなたじゃなきゃダメ。的な愛)を育んでいける可能性はないでしょうか?

選択肢#3)離婚する

1つ目の選択肢と、2つ目の選択肢は「結婚生活を継続する」という選択肢でしたが、3つ目の選択肢は「離婚する」です。

離婚して幸せになるコツは「あらゆる不条理を受け入れる」です。

これまで何度も繰り返しお伝えしてきたことですが、結婚制度は「法律の範囲」の話でしかありません。

令和の時代を生きるわたしたちは、法律やルールに支えられた現代社会が「絶対的なもの」であると信じてしまいがちですが、そのような理解は「幻想」です。

わたしたちは法律やルールで規定された文明社会を生きていますが、文明社会ですら「カオスに満ちた世界」の上に成り立っていることを忘れてはいけません。

大震災、交通事故による被害は時に理不尽にわたしたちを襲います。そう考えれば平穏な日常は、何が起こるかわからない理不尽な世界の上に成り立つ「オアシス」、「奇跡」のようなものだと断言しても違和感はないはずです。

少し話は変わりますが、わたしは脱サラした時にはじめて「どれだけ自分が守られていたか?」を実感しました。

通勤すれば仕事が与えられるし、社会保険料だって会社が半分支払ってくれるし、いわゆる大企業に勤めていたので取引先から怪しい取引を持ちかけられるなんてこともありませんでした。当然、大きな失敗をしてもすべての損害をわたし個人が背負うなんてこともありません。

しかし脱サラすれば、仕事は自分でつくらなければいけないし、将来の年金は自分で積み立てなければいけないし、怪しい取引を持ちかける詐欺師にたくさん出会ったし、失敗のリスクは全部自分で背負わなければいけません。

わたしは自由を求めて脱サラしましたが、脱サラした当初は脱サラしたがゆえに、サラリーマン時代よりも不自由な時期がありました。皮肉なことです。

あなたは自由を求めて離婚するのだと思いますが、離婚したがゆえに、不自由になるということはないでしょうか?

整理しましょう。仕事に例えるなら、、、、、

選択肢#1「永遠の愛を信じる」は、「たまたま就職した企業に忠誠を誓う」ようなものです。

選択肢#2「なりすます」は、「会社に忠誠心を尽くすフリをしておいて、プライベートが充実すればOKだと割り切る」ようなものです。

選択肢#3「離婚する」は、「転職・脱サラ準備をする」ようなものです。

あなたには本当に離婚する覚悟がありますか?

転職先を探さずに会社を辞めるのはリスキーですし、脱サラするなら初月から売り上げの目途を立てなければいけません。

迷わず選択肢3が推奨されるような場合といえば、「文句なしのブラック企業」に勤めているような場合もしくは、今すぐ独立しても困らないほどの実力がある場合ではないでしょうか?

結婚生活に置き換えるなら「配偶者が多額の借金を抱えている」とか「配偶者から激しいDV被害に遭っている」ような場合もしくは、配偶者に圧倒的に有利な条件を提示できる状況が該当すると思います。

繰り返しになりますが、あなたには本当に離婚して幸せになれるのでしょうか?

自由を楽しむ3つの条件

わたしは脱サラ経験を通じて、自由をエンジョイするための条件が3つあることがわかりました。

1つ目の条件は、「どのような選択肢があるか理解していること

2つ目の条件は、「選択肢を選ぶ能力があること

3つ目の条件は、「高い能力があること

ひらたくいえば、あなたの能力によって自由を楽しめる度合いは違ってくるということです。当然といえば当然です。

能力とは具体的には、「容姿」、「お金を稼ぐ力」、「離婚に向けて配偶者を説得する力」などのわかりやすいものから、「いざという時に助けてくれる仲間の人数」や、「両親がお金持ちか?」など外部的なリソースも能力に含まれます。

あなたはどれだけの自由を謳歌できる能力の持ち主でしょうか?

もしあなたが能力以上の『幸せ』を期待し続ける場合、あなたはきっと『失望』し続けるでしょう。

残念ながらあなたもご存知のように、全員がお金持ちになれるわけでもないし、全員が仕事にやりがいを感じることができるわけでもないし、全員が美男美女と結婚できるわけでもありません。

世界は弱肉強食です。一寸先は闇です。人間がすべてをコントロールできるわけもありません。(日本政府は物価すらコントロールできない!)

あなたがどの選択肢を採用しようが、それがあなた(と子どもの)人生です。重大な決断になるでしょうから、これまで解説した内容を踏まえて、是非とも賢明な判断をなさってください。

世界はそもそもそうなっている

さて、本レポートのこれまでの解説はいかがだったでしょうか?

このレポートを読んだメルマガ読者の方の多くから、「本当に暗い気持ちになりました。救いがないですね。」という感想を頂きます。

たしかに読み方によっては「救いがない」印象をもったかもしれませんが、わたしはそうは思っていません。

世の中には「幻想」を信じているがゆえに苦しんでいるとしか思えない人がたくさんいます。例えば、、、、、

頑張って勉強したのに、いい会社に入れないなんてオカシイ!」と不満を抱える学生。

永遠の愛を信じて結婚したのに、全然幸せじゃない!オカシイ!」と不満を抱える男女。

会社に忠誠を尽くせば報われると思ったのに、裏切られた!オカシイ!」と不満を抱える労働者。

定年まで働けば老後は安泰と国は約束したのに、年金制度は破綻しそうだ!オカシイ!」と不満だらけの国民。etc

あなたはどのような幻想を信じているでしょうか?

幻想でしかないものを「ガチ」で信じた結果として、幸せになれる人はほんの一握りです。

大企業に入社して順調に出世できるのは一握り。永遠の愛を疑わずに生涯を終える人ができるのも奇跡のようなものです。

あの敬虔なクリスチャンとして有名なマザーテレサですら、晩年には「わたしは神の存在を信じることが出来ない。」という苦悩を告白して、世界に衝撃が走りました。

今日もテレビをつければ、暴走した自動車にひかれて命を落としたお母さんと子どものニュースが報道されています。

そう。わたしたちが暮らす「世界はそもそもそうなっている。」のです。

「そもそもそうなっている」とは、(すでに述べましたが)、わたしたちが当たり前のように暮らしている「社会」は、何が起こるかわからない理不尽な世界の上に成り立つ「オアシス」、「奇跡」のようなものなのです。

そのように理解すれば、「当たり前」のようで「当たり前じゃない」日常に感謝することができます。

自分の能力以上のものを過剰に期待して失望することもなく、「これさえあればわたしは幸せ」というものを探そうという気持ちにもなれると思います。

目の前にあるのに気づいていない小さな幸せを感じることができれば、もっと自分の能力を伸ばすことで自由を拡大しようという前向きな気持ちにもなれると思います。

そしてなにより「今日で人生が本当に終わるかもしれない」という覚悟をもって毎日を過ごすことができるので、日常生活に今まで見えなかった小さな幸せにも気づくことができるはずです。

本当に伝えたいこと

わたし坂本輝(あきら)は、「そもそもそうなっている世界」で豊かに生きている人を『RICHな人』と命名し、RICHに生きるための情報を発信しています

わたしの情報発信は少し変わっています。文字にこだわりつつも、文字だけで情報を伝えようとは思っていません。

その理由は単純です。「悲しい」という文字をみても悲しくなりません。「嬉しい」という文字をみても嬉しくなりません。言葉は言葉でしかなく、世界のすべてを言葉で表現できるわけがないのです。

ですから今後、わたしが「愛とは~」などと言葉をつかって退屈な説明をすることは、ほとんどありません。

愛についてあなたに伝えたいことがあれば「愛について表現している映画」を紹介したり解説するなどして工夫しています。

また毎日のニュースから「こんなデタラメ(幻想)を信じると馬鹿をみるよ!」ということを具体的にあらゆる角度から、繰り返し繰り返し伝えるということをしています。

さらにあなたが今より自由な生活を実現してもらうために、「お金」について教えることもあれば、「情報発信」をしてビジネスを展開したり仲間を増やす方法や、自己啓発の情報について伝えることもあります。

あなたは「ずいぶん幅広いジャンルで情報発信するんだなぁ~」と思うかもしれません。しかし「世界はそもそもそうなっている。」のですから、わたしにできることは全部やりたいと思います。

「お金を稼いだら幸せになれるよ。」とか、「愛を信じたら幸せになれるよ。」とか、「離婚したら幸せになれる。」という幻想をあなたに信じ込ませることはわたしのやりたいことではありません。

本レポートでは詳しく解説しませんが、『愛』が人間の発明品だったように、『お金』も人間の発明品、『資本主義』も人間の発明品、『民主主義』も人間の発明品、そしてあなたが今感じているかもしれない『将来への不安』だってあなたをコントロールしたい人間の発明品(日本の財政は破綻する 等)なのです。

時代の変化は早いです。10年後どんな社会になっているか予測しずらくなっています。だからこそ、、、、、

幻想(人間の発明品)でしかないものを「ガチ」(本気)で信じてしまったがために、いざという時になっても方向修正できない生き方をするよりも、、、、、、

幻想(人間の発明品)は幻想(人間の発明品)だと割り切って「そもそもそうなっている世界」を地に足をつけて生き抜こうとする人間のほうが確実に強いと、、、、、、わたしは心の底からそう信じています。

どうでしょうか?無理強いするつもりは毛頭ありませんが、もしあなたが「坂本さん、あなたのいうRICHについてまだよくわかっていませんが、RICHになることに興味があります!」という気持ちがあるなら次回以降もメルマガをチェックしてくださいね。

ちなみにわたしは本気で情報発信しているがゆえに、メルマガをチェックしない人を定期的にメルマガから解除しているし、解除されたメールアドレスは二度と登録できないようにもしています。

わざわざメルマガを解除するというめんどくさいことをするのは、GmailやYahoo!にスパムメールだと判定されないためです。(毎日メルマガを楽しみにしてくれている人にメールが届かないなんて最悪ですからね!)

それではまたメルマガでお会いしましょう!