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離婚問題を解消する 2つの方法

はじめまして。坂本輝(さかもと あきら)といいます。

あなたが訪問した「離婚準備なう。」は累計241万人(2020年12月31日時点)が訪問しており、本レポートはブログ経由でメルマガに登録した5,000人を超える読者の方にお願いしたアンケート結果をもとに、「離婚準備の必須知識」としてあなたにお伝えしたいことをまとめたものです。

本レポートは、「離婚したい」という欲求を抱えて現在進行形で悩んでいる方のために執筆しました。「今すぐ離婚したい」、「将来離婚したい」、「離婚するべきか?」等、いろんな悩みがあるでしょうが、それらの悩みを抱えている方々にとって価値のある知識をギュッとつめこみました。

なお本レポートであなたが出会う知識は、あなたが今想像している以上のものであり、いわゆる「離婚本」では紹介されることの『ない』ものです。だからこそ本レポートは、あなたが真剣に読む価値があると自信をもって断言できます。今回をレポートを含めると全7回の講義になりますが、是非とも最後までお付き合いください。

離婚が頭をよぎる

あなたは「このまま結婚生活を続けても幸せにはなれないのではないか?」という不安を抱えてストレスを感じているはずです。だから「離婚」の2文字が頭をよぎり、情報収集しているのでしょう。

「婚姻費用」、「慰謝料」、「財産分与」、「養育費」、「親権」、「面会交流権」などについてインターネットで調べればたくさんの情報が見つかります。しかしあなたはそこから次の一歩をなかなか踏み出せないでいるのではないでしょうか。

半端ない閉塞感

「そう簡単には離婚できない」と考える人は「このままの生活がずっと続くなんて想像するだけでゾッとする」でしょう。そして現状を変えられないことに絶望し、夜も眠れないかもしれません。

その一方で「離婚できなくはない」と考える場合でも、必ずしも離婚に踏み切るわけではありません。なぜならば「本当に離婚すれば今より幸せになれるのか?」という疑問が湧いてくるからです。

ですから「そう簡単には離婚できない」場合でも「離婚できなくはない」場合でも、結局のところ「離婚したいが離婚しない」という選択肢を採用する場合が多いのです。

しかし「離婚したいが離婚しない」というのは結局のところ「とりあえず現状を維持する」ことを意味します。

そのため「どこかに行きたいが、どこにも行けない」という閉塞感に押しつぶされそうになり、「なんとかしたい」とは願うものの、どうしたらいいのかわからずに右往左往してしまうのです。

どうすればあなたの抱える閉塞感を『ぶっ壊す』ことができるのでしょうか?

非常識なアドバイス

本レポートを含む全5回のレポートであなたにお伝えするアドバイスは、「過去に聞いたことのない情報」のオンパレードになるでしょう。「過去に聞いたことのない情報」なので、もしかしたらそう簡単に受け入れられないかもしれません。

しかし「過去に聞いたことのない情報」を聞く価値はあると断言しておきます。なぜならば「どうしたらいいかわからない」という状況から抜け出すためには「知っている情報」では不十分だからです。

もし既にあなたが「知っている情報」だけで問題が解決できるのであれば、そもそもあなたは悩んでいないわけです。やるべきことがわかっているので「あとはやるだけ」という心境になっているはずで、閉塞感とも無縁なはずです。

「どこかにいきたいが、どこにもいけない」というような閉塞感からあなたを解放するのは「過去に聞いたことのない情報」なのです。もしかしたら「まわりくどい」と感じることもあるかもしれませんが、是非とも辛抱強くお付き合いください。では早速、本題に入りましょう。

どうしたらいいでしょう?

悩みを抱えている人は「どうすればいいでしょうか?」と質問したがります。そしてアドバイスをもらうと「実現できるか?」と考えて、自分にできそうだったら「やる」し、自分にできなさそうだったら「やらない」のです。

「方法を考える」⇒「実現可能性を考える」⇒「やるかやらないか決断する」という流れは、きわめて『常識的』な発想です。しかし残念ながらこの時点ですでに間違っているのです。

離婚問題に置き換えて考えてみれば、その理由は明らかです。「方法を考える」⇒「実現可能性を考える」⇒「やるかやらないか決断する」という常識的な発想の結果として、「離婚したいが、とりあえずは離婚しない」という人が大量生産されているのです。

そもそも「離婚したいが、とりあえずは離婚しない」のはなぜなのでしょうか?誤解を恐れずいってしまえばその理由はシンプルです。ズバリ「メンドクサイから」です。

事実、実際に離婚するとなると大変です。「離婚は結婚の3倍大変」というのは有名な格言ですが、実際に離婚するとなると3倍どころか比較にならないほど大変でしょう。

しかしどれだけ大変でも「本当に離婚したい」なら、どれだけ大変でも「やる」はずなのです。逆に「やらない」のだとすれば、心の底から離婚したいわけではないのです。

つまり「離婚したいが、とりあえずは離婚しない」というのは、正確に表現すると「(簡単に離婚できるなら)離婚したいが、(簡単に離婚できないなら)とりあえずは離婚しない」、もしくは「(損をしないなら)離婚したいが、(損をするなら)とりあえずは離婚しない」ということなのです。

●●したい症候群

「●●したいが、しない」という人は世の中にたくさんいますが、もしあなたがそういう人を見かけたら「その人は本気ではない」と判断するはずです。例えば・・・・

志望校に合格したいとはいうものの勉強はあまりしない受験生・・・転職したいが口癖なのにスキルアップには消極的なサラリーマン・・・起業したいが口癖なのにいつまでもビジネスプランのない起業家の卵・・・痩せたいが運動したくもないし節制したくもないダイエッター・・・etc

そう。「●●したい」という言葉は積極的なニュアンスというよりはむしろ、ネガティブなニュアンスのほうが強いのです。本当に実現したいことがある場合の言葉は、「したい」ではなく「なる」のです。

例えば『ワンピース』(尾田 栄一郎)という有名なマンガの主人公ルフィーには「海賊王に俺はなる」という有名なセリフがありますが、もしルフィーが「海賊王になりたい」と宣言していたら、本気度が疑われてしまうのではないでしょうか。

あなたを苦しめる言葉

もしあなたが本当に「離婚したい」なら、その言葉を軽々しく使ってはいけません。なぜならば「離婚したい」という言葉はあなたを苦しめる可能性が高いからです。

もし「離婚したい」と願ってから数週間で離婚が成立するのであれば、強いストレスにもあなたのカラダとココロは耐えられるでしょう。しかしもし「離婚したい」と願っているのに「離婚できない」という状況が続いたら・・・・

「離婚したい」という願いが強いほどあなたは苦しむことになります。なぜならば現実には「離婚できる見込みがない」からです。実現したいことがあるのに、それが実現できない無力さに打ちのめされてしまうのです。

そしてもしあなたに子どもがいる場合には要注意です。わたしの実の母親はわたしが子どもの頃に、「あきら(わたしの名前)、お母さんはあなたが大きくなったら絶対に離婚するからね。」と断言していました。

母の言葉はわたしの心を打ち抜きました。物心ついて間のない子どもには、大人の複雑な心の動きなど想像もできなかったので、母の言葉を文字通り受け止めることしかできなかったのです。しかし現実には、母はわたしが大きくなったのに離婚していないし、今後も離婚するつもりはなさそうです。

以上、もしあなたが何かを実現したいなら「したい」のではなく「なる」と決断することが重要になります。しかしだからといって「わかりました。離婚する(or 離婚しない)と決断することが重要なのですね?」と早とちりしてはいけません。

「離婚する」もしくは「離婚しない」のどちらかを決断『しなければ』いけない状況にいる時点ですでに間違った道を歩んでいるのです。なぜでしょうか?どうすればいいのでしょうか?

地味な色のジェラート

何かを実現したいのであれば「●●したい」ではなく「●●になる」と決断しなければいけないことをお話しましたが、そもそもなぜ?「●●したい」というネガティブなニュアンスを含む言葉がまるで100%ポジティブであるかのように認識されているのでしょうか?

そのことを理解する上でうってつけなのがイタリアのジェラート(アイスクリーム)です。イタリアではジェラートに空気をまぜて容積をふくらませて販売されていることが社会問題になっています。

イタリアのジェラート専門家は、「空気をまぜたジェラートにひっかからないために、あまり美味しくなさそうな地味な色をしたジェラートを選びましょう。」とアドバイスしています。

美味しいジェラートを食べたいのに、いざジェラートを選ぶときには「美味しくなさそうなものを選んだほうがいい」だなんて、理解に苦しむ話です。なぜ?このような状況が生まれているのでしょうか?

それはわたしたちが空気のように当たり前だと思っている資本主義が「成長し続けないと成立しない」システムだからです。だからとにもかくにも利益を追求するために顧客を騙すのです。

この話を聞いて「日本のコンビニでも似たような話を聞いたことがある」(例:上げ底弁当)と考える人もいるかもしれません。そう。利益を投資に回して成長することは資本主義の至上命題なのです。

では資本主義の至上命題と、「●●したい」の話にはどのような関係があるのでしょうか?

ガキの使い

「はじめてのお使い」という高視聴率の番組がありました。しかし物心つくかつかないかの子どもに一人でお使いにいかせるなんて虐待なのではないか?という意見もあります。

そう。現代は小さな子どもにお使いをお願いするよりも「UBER EATS頼んだらいいのでは?」という時代に突入しています。今までビジネスではなかった「お使い」がビジネスになっているのです。なんのために???便利だから???

もちろん便利だからという理由もあるでしょうが、本質的な理由は「ビジネスでないものをビジネスにしないと資本主義社会が成長できないから」なのです。

だからいろんなことが「ビジネス」になっています。お使い、受験、転職、結婚、ダイエット、離婚、あらゆるサービスに市場が生まれ、サービスを提供する側は「●●したら幸せになれる」と盛んに宣伝します。

いい学校に入ったら、転職したら、結婚したら、ダイエットに成功したら、離婚したら、マイホームを手に入れたら・・・・幸せになれるとは限らないのですが、サービス提供者はまるでそれを手に入れたら幸せが確定するかのように宣伝します。

「詐欺じゃないか?」と訴えられることはほとんどありません。なぜならば志望校に合格したあとの人生に予備校はノータッチだし、転職したあとの人生は労働者の問題だとされています。結婚、ダイエット、マイホーム、そして離婚もそうなっています。

愛≒結婚??

ビジネスは原則「交換」で成り立ちます。「何かを得るために、お金を支払う」ということです。そのためビジネスに慣れた人ほど「お金を支払えば、何かが得られるのが当然」と考えます。

しかもわたしたちがお金を支払う場合、支払うお金以上の商品・サービスを期待します。なぜならば「支払うお金」以上のものが得られない場合、「コスパが悪い」と判断するからです。

例えばマズイ料理をつくる料理人にお金を支払うのであれば、「自分が料理をつくったほうがマシ」と考えるのが一般的な態度というものでしょう。ここで勘のいい人であれば気づいたかもしれませんが、『結婚』にも『交換』というビジネス的な発想が侵食しているのです。

事実、『離婚したい』という人は口癖のように「もう(配偶者への)愛がないのです。」と語ります。つまり「愛」は「結婚」証明であり、「結婚」は「愛」のカタチであるという考えが前提になっているのです。

普段の生活ではあまり意識することはありませんが、現代日本人は当たり前のように「愛しているなら(から)、結婚してほしい」と要求するし、「結婚している以上、愛し合う必要がある」と考えています。

以上のように「愛」≒「結婚」という考え方を前提にすると、夫婦生活において「愛」が疑われるとその瞬間に「結婚」生活を続けることに違和感をもつようになり、「離婚したい」と考えるようになるのです。

しかし「愛がないから離婚したい」というような考え方の前提にある、「愛」≒「結婚」という図式自体、当たり前のようで当たり前ではないのです。

結婚の歴史

離婚で悩んでいる人のなかには「結婚って一体なんでしょうね?」と疑問をもつ人が少なくないので、ここでちょっと回り道をして「愛」の歴史について簡単に説明しておきたいと思います。実は「愛」≒「結婚」という図式は人類の歴史上、わずか100年の歴史もないのです。順を追って説明します。

あなたは結婚を選択(自由の行使)であると信じているかもしれませんが、それは最近の錯覚です。もともとの結婚は選択ではありませんでした。

1万年前から順次はじまった定住化にともなって、収穫物の保存・配分・継承のために『所有』という概念が生まれました。定住化の前までは、収穫物を保存することもなかったので、あえて収穫物を「誰々のもの」と確定する必要もなかったのです。

しかし定住化によって収穫物を「誰々のもの」と確定する必要性が生まれたことにより「法」が生まれ、そこではじめて『結婚』が誕生したのです。結婚のベースに所有という概念があることがポイントになります。

そもそも所有とは「使っていなくても自分のもの」という考え方です。この所有の考え方が、モノ(所有物)だけではなく、人間にまで適用されたものが『結婚』です。だから定住民の子孫たちであるわたしたちは、配偶者が浮気をすれば「勝手なことをするな」と怒るのです。

以上、「結婚」の歴史について説明してきたわけですが、ここで指摘しておきたいポイントは、「結婚」というものは「愛」とは一切関係のないものだった、ということです。では「愛」という概念は一体いつ生まれ、どのような経緯で本来愛とは関係がなかったはずの「結婚」と結びついたのでしょうか?

愛の歴史

永遠の愛を誓うような愛は12世紀の南欧ではじまり、15世紀には既婚者同士のマジメな宮廷愛に発展しました。しかしそこでは愛は成就しないことが前提になっていました。なぜならば「あなたが世界のすべて」というような制御不能な情熱をいかにして証明するのかが問題になったからです。

「あなたが世界のすべて」だなんていったところで、口ではなんとでもいえます。ただの人が世界のすべてだなんてありえるのでしょうか?だから恋ゆえの病と死こそが「真の心」の証だとされたわけです。

「あなたが世界のすべて」というような愛を証明するためには、病や死をもってしなければならない。しかし病や死に直面すれば、愛を成就させることはできない。だからあくまでも恋愛は、暇な貴族の「戯れ」(遊び)だったのです。

つまり本来の「愛」は、法外(既婚者もの)のものであり、貴族のものであり、成就しないものであり、戯れ(遊び)だったわけですが、あることをきっかけに一挙に庶民化します。

結婚と愛の合体

19世紀になり印刷技術が普及すると恋愛小説が流行します。恋愛小説を読んだ庶民は「一生に一度でいいから恋愛してみたい」と願います。

しかし恋愛をしてみたいと願ったところで、「真の心」を証明するためには病や死が必要です。病や死なんてものは庶民にとってはハードルが高すぎます。「あなたのことを考えるだけで熱病にうなされて・・・」なんてやっている暇は庶民にはないのです。

そこで「真の心」を証明するものとして、病や死の代替物として『結婚』が持ち出されたわけです。「真の心」の証明としての結婚という新解釈の誕生です。

そして20世紀になると「愛の証明」として「結婚する」のが逆転し、「結婚の手段」として「愛を探す」ようになりました。ようするに「恋愛結婚」です。しかし誰もが恋愛できるとは限りません。愛を探しているうちに婚期を逃す人が少なからずいます。

そこで21世紀になると「出会い」や「結婚」がビジネスになりました。『街コン』、『相席居酒屋』、『婚活マッチングアプリ』などのサービスが当たり前になり、離婚・再婚も珍しいことではなった昨今では「再婚者限定のマッチングサービス」も登場しています。わたしたちはどこにいくのでしょうか?

恋愛結婚の限界

実は恋愛結婚は構造的な困難さを抱えています。脳生理学によれば恋愛(非日常愛)は2年しかもちません。そう。恋愛には賞味期限があるのです。

しかし結婚生活は自然消滅しません。離婚するまで続きます。恋愛は終わるのに結婚生活は続く。このギャップがわたしたちを苦しめるのです。

ギャップを埋めることができなければ関係は終わり、ギャップを埋めることができれば関係は続きます。ギャップを埋めるにはどうすればいいのでしょうか?

「恋愛という非日常愛をなんとかして日常愛に変換する」という方法があります。しかし男女問わず、非日常愛を完全に断念できるわけではありません。

少なくない男女が「別口で」非日常愛を確保しようとします。とはいえ結婚生活を壊したいわけではありません。むしろ結婚生活を続けるためにこそ非日常愛を求めるのです。

とはいえ結婚生活を続けるために非日常愛を確保するという態度が周囲に理解されるとは限りません。みんなそのことを知っているので「別口で」確保した非日常愛は秘密の関係になるのがもっぱらです。

とはいえ誰もが非日常愛を別口で確保できるとは限りません。秘密の関係を続けるにはコストがかかります。また秘密の関係が配偶者にバレてしまうというリスクもあります。

仮に秘密の関係がバレた時は、「結婚生活を続けるためにこそ非日常愛を求めた」という態度に、配偶者がどれだけ納得してくれるかどうかが、家庭が崩壊するか温存されるかの分岐点になるでしょう。

ドラマ昼顔の教訓

「恋愛と結婚は違う」とはよくいわれる格言ですが、本当にそうなのです。本来であれば「恋愛」と「結婚」はお互いに関係ないものです。

それにもかかわらず「恋愛+結婚」というものが成り立つと信じてしまったからこそ、多くの夫婦が「こんなはずじゃなかった」と苦しんでいるのです。マジメに恋愛結婚した人ほど「こんなはずじゃなかった」という期待はずれを体験することになるでしょう。

ここで伝えたいことは「あなただけが夫婦関係で悩むわけではない」ということです。「恋愛結婚」という作法を信じた多くの人が「必然的に」恋愛の終わりと結婚生活の継続というギャップに苦しむことになるのです。

夫婦ともにそのギャップの存在を認識していれば、「夫婦で一緒に乗り越えよう」と気持ちを新たにいろいろな工夫をすることもできるでしょう。しかしどちらかが恋愛の終わりと結婚生活の継続というギャップに気づいていない場合には、厄介なことになります。

ドラマ「昼顔」を見たことのある人ならよくわかるでしょう。恋愛結婚の根源的な困難さに妻たちは薄々気づいているのに、夫たちは「結婚生活の何が不満なんだ!!!」と主張するばかり。

「結婚生活の何が不満なんだ!!!」と主張する夫をみて、妻は「この人にわたしの気持ちは理解できそうもない」と絶望を深め、妻の気持ちはますます旦那から離れていってしまうのです。

旦那は妻にどのような言葉をかけるべきだったのでしょうか?そのような考察を深めるのも興味深いでしょうが、話が長くなりそうなので昼顔の話はここで打ち切って話を元に戻します。

期待水準と願望水準

本レポートの本題とはなんだったでしょうか?ズバリあなたの抱える閉塞感を『ぶっ壊す』手がかりを探すことでした。(よね?)

あなたの置かれた状況をスケッチするために、「願望水準」と「期待水準」という概念について説明しておきたいと思います。願望水準とは「心の奥底で望んでいること」、期待水準とは「現実に期待すること」という意味です。

恋愛結婚をした当初は、願望水準も期待水準も高い状態です。むしろそうでなければそもそも恋愛結婚はしないでしょう。「いずれ離婚するかもしれない」という不安を抱えながら恋愛結婚するカップルはいないはずです。

しかし結婚生活を続けるうちに「恋愛結婚の抱える根源的な困難さ」にぶち当たります。恋愛は終わるのに結婚生活は継続するわけです。恋愛の熱が冷めれば冷めるほど、期待水準(現実に期待すること)が下がっていきます。

ここにギャップが生まれます。期待水準は下がっても、願望水準は高いままだからです。「熱々の夫婦生活」という願望水準と、「冷めた夫婦生活」という期待水準のギャップに苦しむことになります。ギャップを解消しないかぎり苦しみは続きます。どうすればいいでしょうか?

2つの道

高いままの願望水準(心の奥底で望んでいること)と低くなった期待水準(現実に期待すること)のギャップがあなたを苦しめる元凶になっているという話をしました。ギャップを埋めるには2つの方法があります。

1つ目の方法は、低くなった期待水準に合わせて願望水準が低くなるのをひたすら待つという方法です。現実を変えるためのコスト(努力や工夫)を支払わなくていい分、「しょぼい現実」を受け入れなければいけません。

2つ目の方法は、高い願望水準に合わせて低くなっている期待水準を高めていくという方法です。心の底で望んでいることを諦めなくていいかわりに、現実を変えるコストを支払わなくてはいけません。

あなたは2つある選択肢のうちのどちらを選択するでしょうか?

くれぐれも誤解しないでほしいことは、どちらがよくてどちらかが悪いというような単純な話ではないということです。あなたがどのような人生を望むのか?という話をしているのです。

とはいえあなたが1つ目の方法を採用する場合には、アドバイスできることはほとんどありません。「時がすべてを解決してくれますよ」とか、「つらい現実のなかにも幸せは隠れていますから探してみませんか?」という言葉でお茶を濁すことしかできません。

ですからもしあなたが1つ目の方法を採用する場合には、メルマガを解除してください。もし1つ目の方法を採用するのにわたしのメールマガジンを読み続ければ、「勉強したくない」のに「勉強しろ!!!」といわれるような状況に陥り、メルマガをマジメに読めば読むほど嫌な気分になるはずだからです。

上を向いて歩く

「上を向いて歩こう」(坂本九)という歌があります。2つ目の選択肢(高い願望水準に合わせて低くなっている期待水準を高めていく)を採用するということは、まさに『上を向いて人生を歩む』ということに他なりません。

逆に1つ目の選択肢(低くなった期待水準に合わせて願望水準が低くなるのをひたすら待つ)を採用するということは、『下を向いて人生を歩む』ということを意味します。『上を向いて人生を歩む』のも『下を向いて人生を歩む』のもあなたの決断次第なのです。

決断のとき

上を向いて歩きたい人には、期待水準を高めていく方法をお伝えしたいと思います。明日のメールマガジンを楽しみにお待ちください。メールマガジンは原則毎朝8時頃にお届けしています。

逆に下を向いて歩きたい人は、明日のメールマガジンを読んではいけません。今すぐメールマガジンを解除して、本レポートのことも忘れてください。解除フォームへのリンクはメールマガジンに記載していますので、そちらから解除をお願いします。

それでは『上を向いて歩きたい方』のみ、明日の朝8時頃にお届けするメールマガジンでお会いしましょう!!!