結婚生活の 後悔を無くす方法

はじめに

『なぜ、旦那と結婚してしまったのだろう??』と後悔してはいけません。

「あの時、別の行動をとっていたら、今とは違う結果になっていたかもしれない」といくら後悔しても後の祭りなのです。どれだけ後悔しようが、その後悔があなたの未来を明るく照らすことはないのです。

「後悔」という感情と上手に付き合う術を身に着けない限り、きっとあなたはこれから先も問題にぶち当たるたびに、その問題の原因を「過去」に押し付けて、後悔し続ける人生を歩むことになります。なんと非生産的な人生でしょうか。

望み通り離婚が成立しても、その後の生活で不幸を感じるたびに、「あの時、離婚しなければ」と後悔する可能性もあります。後悔の感情を捨て去らない限り、幸福に近づくことはできないのです。

本レポートでは、力強く未来に歩み出す第一歩として、「後悔」という非生産的な感情を捨てる方法を詳しく解説します。

「あの頃は楽しかった」といいながら一生を終えるのであれば、過去のことばかりを考えて一生を終えるのもいいでしょう。しかし「未来をもっと楽しくしたい」のであれば、本レポートの内容はあなたの素敵な未来へと導く力強い原動力になることでしょう。

【1章】 なぜ?後悔の念は

なぜ、後悔の念は生まれるのでしょうか?

「あの時、別の男性と結婚していれば今感じている苦労はなかったのに・・・」などと後悔しなければいけない理由はどこにあるのでしょうか?

実は「後悔」という感情は他の動物にはなく、人間だけに与えられた感情です。人間がほかの動物より頭がいいがために、後悔で苦しむ状況が生まれているのです。

あなたが後悔する時、2つのものを比較しています。

1つ目は、「あなたが生きている現実世界」(現実世界)

2つ目は、「過去の選択によっては、現実になっていた可能性のある世界」(可能世界)です。

「現実世界」は、人間だけでなく他の動物でも認識することができます。

一方で「可能世界」ともいうべき世界は人間にしか実感することはできません。

「リアルな世界」と「可能世界」を比べた結果、「可能世界のほうが魅力的」だと感じるからこそ、「後悔」の念が生まれるのです。

あなたが「可能世界のほうがよかった」と感じるとき、あなたは「可能世界」があたかも現実の世界であるかのうに錯覚しています。つまり、ありもしない世界にリアリティーを感じていることを意味します。

現実世界と可能世界

ありもしないはずの現実を感じる能力は、ドラマや映画を視聴しているときにも実感することができます。

ドラマや映画の世界は「フィクション」です。実際は存在していない世界を俳優さんが渾身の演技で表現しています。

あなたは過去に映画を観て、涙を流した経験がありますか?涙を流した経験があるなら、あなたは映画の中の世界にリアリティーを感じたということを意味します。

「ないはずの世界をリアルに感じる」というのは、脳が進化した人間だけに与えられた能力なのです。

例えばわたしの場合、映画で暴力シーンを視聴すると無意識に身体がブルブルと震えてしまうだけでなく、大量の汗を流すことがあります。一緒に映画を観ている友人から「本当に大丈夫?」と心配されるほどです。

あなたも後悔の念を感じたら、「いま、自分が後悔の念を感じているのは、脳が発達した人類だからだ」と納得すると同時に、「後悔の念で苦しむのは、映画を観て楽しむようなものだ。後悔は娯楽だ。」と言い聞かせるといいでしょう。

後悔は・・・ 百害あって一利なし

あなたが後悔から逃れられないと、非生産的な人生を覚悟しなければいけません。人間の脳は何度も繰り返し思い出すと、感情そのものが記憶として定着してしまうからです。

ありもしない可能世界に対して抱く後悔の念を、苦しみの感情とともに思い出すことは、日々の活動に大きな影響を与えます。

過去の嫌な記憶が記憶に定着してしまうと、ふとした瞬間にトラウマとして後悔の原因となった出来事を思い出してしまいます。

家事をしているとき、仕事をしているとき、楽しい活動をしているときなど、何気ない時にあなたは後悔の念を感じ、一番大事なはずの「今」に集中できなくなってしまうのです。

後悔を断ち切る術を身に着けないと、人生経験が長くなるたびに後悔の数が増えてしまいます。後悔はあなたの軽快なフットワークを奪う「ウェイト(重し)」のようなものです。

これから人生のパフォーマンスを上げるためには、「ウェイト」を軽くしていかねばなりません。本レポートでこれからお伝えする内容は、あなたを後悔から解放するために必要なアイディアばかりです。是非とも理解して実践してください!

【2章】 後悔から解放されるアイディア

後悔という感情は「人間が発達した証」であることや、「後悔も娯楽の一種」だと説明するだけで、「あぁ、そうですね!」と納得してくれる人は少数派です。

そこでここから先は、もう少し深い話をしていきたいと思います。これから紹介するアイディアを100%理解することができれば、あなたは永遠に後悔から解放される切符を手に入れることができるでしょう。

過去の評価は 現在が決めている

まずあなたに伝授したいのは、「過去の評価は現在が決めている」という考え方です。

「過去の出来事が『幸運』か『不幸』かを決めるのは現在である」というアイディアについてわかりやすく解説していきます。

人間万事塞翁が馬

人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいごうがうま)ということわざをご存知ですか?

ご存じでない方もいると思うので、中国の古い書物「淮南子(えなんじ)」に書かれている物語を共有したいと思います。

人間万事塞翁が馬

中国の北の方に占い上手な老人が住んでいました。
さらに北には胡(こ)という異民族が住んでおり、国境には城塞がありました。

ある時、その老人の馬が北の胡の国の方角に逃げていってしまいました。

この辺の北の地方の馬は良い馬が多く、高く売れるので近所の人々は気の毒がって老人をなぐさめに行きました。
ところが老人は残念がっている様子もなく言いました。

「このことが幸福にならないとも限らないよ。」

そしてしばらく経ったある日、逃げ出した馬が胡の良い馬をたくさんつれて帰ってきました。
そこで近所の人たちがお祝いを言いに行くと、老人は首を振って言いました。

「このことが災いにならないとも限らないよ。」

しばらくすると、老人の息子がその馬から落ちて足の骨を折ってしまいました。
近所の人たちがかわいそうに思ってなぐさめに行くと、老人は平然と言いました。

「このことが幸福にならないとも限らないよ。」

1年が経ったころ胡の異民族たちが城塞に襲撃してきました。
城塞近くの若者はすべて戦いに行きました。
そして、何とか胡人から守ることができましたが、その多くはその戦争で死んでしまいました。しかし、老人の息子は足を負傷していたので、戦いに行かずに済み、無事でした。

この物語は、「幸福や不幸は予想のしようがない」という意味で解釈することが多いです。

しかしこの物語の本当の価値は「過去の評価は現在が決めている」というアイディアにあると思います。

先ほど紹介した物語の中の主要な出来事を箇条書きにしてみましょう。

  • 馬が逃げた
  • 逃げた馬がいい馬を引き連れて戻ってきた
  • 老人の息子が落馬した
  • ケガのため戦争に参加せずにすんだ

それぞれのタイミングで、「過去の出来事」が「幸運」だったのか「不幸」だったのか考えてみたいと思います。

「馬が逃げた」という出来事は、「逃げた馬がいい馬を引き連れて戻ってきた」時点では、「幸運」だったでしょう。馬が逃げないといい馬が手に入らないと解釈できるからです。

しかし「逃げた馬がいい馬を引き連れて戻ってきた」という出来事は、「老人の息子が落馬した」時点では「不幸」な出来事でしょう。馬が戻ってこなければ、老人の息子は骨折する必要がなかったからです。

さらに「老人の息子が落馬した」という出来事は、「ケガのため戦争に参加せずにすんだ」時点では「幸運」でしょう。落馬して怪我をしなければ、戦争に参加して命を落としていた可能性があるからです。

過去の出来事の評価は「今」決めているということがわかってきたのではないでしょうか?
人間は今が幸せであれば過去の出来事も幸せの一部だと捉える一方で、今が不幸であれば過去の出来事に後悔の念を感じるものなのです。

つまり今現在のあなたが何かしらの不幸を感じているならば、今のあなたは過去の出来事を不幸の一部だと捉えてしまう可能性が高いのです。

脱サラした結果

少しわたしの個人的な話をします。

わたしは新卒で某外資系企業に入社しました。入社して数年で1,000万円弱の年収を稼ぐことができました。しかし深夜残業は当たり前の生活でした。月の残業時間が270時間を超えたこともあります。(起きているときは、ほとんど仕事している計算になります。)

働くことが「命を削る」ことだと確信したわたしは、1,000万円弱の恵まれた環境を捨てて脱サラすることを決意します。

しかし脱サラして起業した直後は事業がうまくいきませんでした。貯金も使い果たし、これまで経験したこともない貧乏生活を経験しました。貧乏生活の最中は、「あの時脱サラしなければ、こんなに辛い気持ちになることはなかったのに」と心の底から後悔して、枕を涙で濡らしました夜もありました。

しかし事業が軌道にのってサラリーマン時代より充実した生活を送れるようになった瞬間に「あの時、脱サラしておいて本当に良かった~」と思ったのです。

「脱サラ」という経験が「不幸」になったり「幸運」になったりするですから、過去の評価は現在が決めているという考え方も腑に落ちるのではないでしょうか。

成功者が語る 美談のウソ

いわゆる「成功者」の講演に参加したことはありますか?

成功者とは、オリンピックのメダリスト、ビジネスで大成功をおさめた社長、世界的に活躍する芸術家などのことです。

成功者は美談を語りますし、講演を聞いている人も「成功の秘密」を是非とも知りたいと思うでしょう。

成功者は講演で「あの時、ああいう苦労をしたから成功した」という類の話をします。しかし成功者の過去の経験と、成功者の今にははっきりとした因果関係はありません。

その証拠に人生のすべてをかけてオリンピックに挑戦したものの、入賞できずに敗北した選手のことを想像してみましょう。その選手は敗北した時点で、自分の過去を100%美化したり正当化したりすることができるでしょうか。きっと今が幸せでないと過去を正当化することは難しいのではないでしょうか。

時間は現在から 過去に流れている

本レポートのこれまでの内容を理解したあなたなら、「時間は現在から過去に流れている」という哲学的なテーマですらカンタンに理解することができます。

おそらく今のあなたは、「時間の流れ」と「後悔」には一見するとなんの関連性も感じないと思います。

しかし実は「時間の流れ」と「後悔」には強い関連性があるのです。「時間の流れ」についての正確な知識があれば、きっとあなたは二度と後悔という感情に縛られることはないでしょう。

いい機会ですから、「時間の流れ」についてもカンタンに解説しておきます。

数学の授業

きっとあなたはこれまでの学校教育で「時間は過去から現在、そして現在から未来に流れている」と教え込まれたはずです。

中学校の数学で習ったx軸y軸のグラフを思い出してください。

数学のグラフ

学生時代に何度も似たようなグラフを見たことがあるのではないでしょうか?

「過去」から「現在」に向かって矢印が伸びているので、感覚的に「時間は過去から現在に流れている」のだと誤解してしまうのです。

「時間は過去から現在に流れている」という考えを信じると、「後悔」という感情が生まれやすくなります。なぜならば、現在のあなたの状況を作り上げた原因が過去にあると信じてしまうからです。

「今の不幸な状況は、過去に原因がある」という考え方は、すべての原因は「過去」にあり、現在は過去の「結果」であるという考えに他なりません。

しかし「過去に『原因』があり、現在が『結果』である」というほとんどの日本人が疑問も持たずに受け入れている考え方は嘘っぱちです。

間違った時間の概念

時間の流れ

思い出してください。「過去は現在が評価する」のでしたよね?過去の出来事が不幸だったのか、幸福だったのかは、その時のあなたが評価する問題だったはずです。

つまり「過去に『原因』があり、現在が『結果』である」という考えは間違いであり、正しいのは「過去に『結果』があり、現在が『原因』である」という考え方です。

過去が不幸だったか幸運だったのかを判別する原因は、『現在』のあなたの状況であることを思い出せば、素直に受け入れることができるでしょう。(下図参照)

正しい時間の概念

昔は勉強していなかった

ある政治家の講演に行ったとき、「わたしは学生時代、まったく勉強しないダメな学生だった」と発言していました。しかしレポートをここまで読んだあなたなら、「ダメな学生時代」だったから「政治家」になれたわけではないとわかるでしょう。

そうなのです。政治家になったから「ダメな学生時代」を美化できるわけです。もし政治家の夢を絶たれて別の職業に就いていたら、「ダメな学生時代だったから、夢をつかむことができなかった」というはずです。

人の昔話を聞くときは、アドバイスの内容とアドバイスする人の状況をセットで考える必要があることは覚えておきましょう。

すべての決断はベスト

「あの時、こうしていたら」という後悔のすべては非生産的だということはすでに説明したとおりです。なぜならば時間は現在から過去に流れているからです。

つまり一度過去に流れた出来事は二度と再現されないのです。嫌だった出来事とまったく同じ状況は二度と経験する必要がないことですから、嫌な出来事を思い出すことがあっても安心して現状の生活を送るべきなのです。

あなたが生きている現実世界は1つしかなく、「過去の選択によっては、現実になっていた可能性のある世界」(可能世界)などありません。現実世界は今あなたが生きている1つの世界しかないのです。比較する選択肢がない以上、あなたの決断はすべて「ベスト」だということです。

しかし「すべての決断がベスト」であるといっても、なかなか腑に落ちない人が多いようです。そこで少し話を補足しておきます。あなたは宝くじを購入したことがありますか?宝くじが当たって2億円を手に入れていたら、人生が変わっていたのにと悲しくなりますか?

または過去に出会った中で一番素敵な男性があなたなに「結婚してください!」とプロポーズしてくれたら、どれだけ幸せだったかと後悔することがありますか?
(もしかしたらその素敵な男性は、結婚詐欺師だったかもしれませんよ!)

以上、「宝くじが当選していたら幸せになれる」、「一番素敵な男性があなたにプロポーズする」、「プロポーズしてくれた素敵な男性が結婚詐欺師だった」というのは、すべて「なかった」話です。同様に、あなたが「あの時こうしていたら、人生は変わっていたのに」と感じる世界(可能世界)も「なかった」話なのです。

可能世界など「ない」ということは再度心にとめておく価値のある話です。

しかし「可能世界などないといわれても、わたしは決断した覚えがありません」という人がいるのも確かです。例えば「結婚したのは、旦那から猛烈なアプローチを受けたからであって、わたしが結婚しようと決断したわけではない」という人もいます。

そのような人は決断を放棄しています。

もしあなたにも決断を放棄した心当たりがあるなら、要注意です。決断を放棄するということは、すべての責任を他人に転嫁することだからです。

医者なのに 幸せになれない

わたしの知人に医者になった友人がいます。彼は頭もよく、学歴もアリ、医者として高収入を得ているし、奥さんに婚約指輪として300万円の指輪を贈ることもできました。(※ 顔だって悪くありません)

しかしこの知人は「最近つまらない」などと愚痴をこぼす機会が多くなってきました。医者になったのは、親が医者だったからで、周囲の期待に応えるのが自分の務めだと疑わずに人生を生きてきたのですが、ふとした瞬間に「ほかの人生もあったのではないか?」と考えてしまうのだそうです。今の生活に不満を感じるたびに、今の生活から抜け出したい衝動に駆られるそうです。

客観的にみれば明らかに「幸せ」なはずの人生を送っている人ですら、「決断しなければ幸福を感じることができない」というのが真実なのです。

あなたがもし本当に離婚して幸せになりたいなら、「決断」を下さなければなりません。「決断」を下すことこそが、人生を他人のものにしない唯一の方法なのです。

親、兄弟、親戚から「離婚しないほうがいい」とアドバイスされて、「離婚しない」場合でも、反対を押し切って「離婚する」場合でもすべてはあなたの決断であることを肝に銘じておかねばなりません。

【3章】 決断上手になる 実践アイディア

後悔を無くすためには、「決断」を下す必要があることはすでに説明したとおりです。この章では「決断上手になる実践的なアイディアを紹介していきます。

1秒生活

日常生活では、さまざまな決断を迫られることになります。コンビニでカップラーメンを食べる時に、「どっちのカップラーメンにしようか?」と悩むときも決断する必要があります。ショッピングにいって、気に入った服があるときもどちらの服を購入するのか決断する必要があります。(両方の服を買ってもいいわけですが)

「離婚」という大きな決断がなかなかできないのは、決断するトレーニングができていないからです。ある日突然大きな決断をするのは無理があります。優柔不断な小学生に「運動で生きていくか、勉強で生きてくか決めろ!」といっても決められないのが当たり前です。小さな決断もできないのに、大きな決断ができるわけがないのです。

これから大きな決断をしたいなら、あなたは小さな決断に慣れることからはじめなければいけません。小さな決断に慣れるためには、「どちらにしようかな?」と迷ったときに、1秒で決断するトレーニングがおススメです。

ショッピングで迷ったとき、レストランでどのメニューを注文するか悩んだ時、すべて1秒で決断するのです。レストランでメニューを見終わったとき、わたしは1秒で食べるものを決めています。

一緒にレストランで食事をする人からはすこぶる評判がよくありません。一緒にレストランで食事をする人からは、「もう決めたの!!ちょっと待ってよ!焦らせないで!」などと文句をいわれることがほとんどです。しかしわたしは適当に選んでいるわけではありません。1秒で決断することになれると、決断することに迷いがなくなるのです。

もちろんわたしも最初から決断することが上手だったわけではありません。決断に慣れるまでのわたしは典型的な優柔不断な男でした。レストランにいってメニューを決めたにも関わらず、ギリギリまでメニューが決められないことがよくありました。一度決めたメニューがあるにも関わらず「ちょっと待ってください!やっぱり、別のメニューにします。」などと発言することも多々ありました。

しかし1秒で決断するトレーニングをしてからは、あらゆる状況で決断するのが早く、そして上手になりました。もちろん1秒で決断するトレーニングをはじめた当初は、決断に後悔することがほとんどでした。頭が決断に追い付いていかないのです。しかし1秒決断トレーニングに慣れると、決断することが楽しくなるまでになりました。

決断日記

一日の終わりに決断したことを列挙しましょう。あなたは今日一日でどれだけの決断を下しましたか?人は無意識に決断しているので、小さな決断は忘れてしまうことがほとんどです。しかし多くの決断を下していることすらほとんどの人は気にせずに過ごしているのです。

すべての決断を無意識から意識にあげることで、日常生活でどのような決断を下しているかはっきりします。「朝起きるか、二度寝するか?」、「コーヒーを飲むか、紅茶を飲むか?」、「赤い服にするか、青い服にするか?」、「どの電車に乗るか?」、「外で見かけた知人に挨拶するかしないか?」等々、あらゆる決断を下しているはずなのです。

日記に書きだした決断を下した理由を考えてみると、あなたがどのような価値観をもっているかハッキリします。例えば、あなたは紅茶ではなくコーヒーを飲むことを選びました。あなたは「わたしはコーヒーが好きだから」だと答えるかもしれません。しかしそこで終わりにするのではなく、「なぜわたしはコーヒーが好きなのか?」と考えてみてください。すると、「コーヒーが好きなのは両親の影響」であることが判明することがあります。

そうなのです。人は無意識に他人の影響を受けて決断を下してしまっているのです。
あなたは自分で決断しているつもりのことでも、誰かから選ばされていることはよくあることです。また他人からの影響を強く受けていることがあるのです。

離婚で悩む女性に「なぜ離婚しないのですか?」と質問すると様々な回答が返ってきます。「離婚したいのですが、子供のために離婚するな、と親戚から強く要望されています」といった回答はとても多いです。

以上のような回答をする女性は、自分よりも子供のことを大切にするという事実を無意識に受け入れていますし、自分の意見よりも他人の意見を優先していることを意識していないことがほとんどです。「いわれてみれば当たり前でしょ?」ということかもしれません。しかし当たり前のことを意識しているか、していないかが問題なのです。当たり前のことを当たり前のように意識することができれば「決断」することが、今までよりずっと容易になるでしょう。

決断について列挙した日記を書く作業を1週間継続してから、すべてを見直してみてください。

あなたはきっと、自分自身のことはよくわかっているつもりだったのに、よくわかっていなかったことを自覚するでしょう。ほとんどの人が日常生活を「なんとなく」生きていて、いわゆる自我というものをまったくといっていいほど意識していないのです。

自我とは「あなた以外のものの重要性を判断する機能」のことです。
自我を意識することは大事なことです。なぜならば、決断は「どちらが大事か?」を決める作業そのものだからです。

子どもが大事か?あなたの生活が大事か?夫が大事か?あなたのやりたいことが大事か?などなど、重要性はあなたが判断しなければなりません。

他人は「あなたよりも、配偶者の生活を優先させなさい。それがあなたの幸せなのだから」とあなたにアドバイスするかもしれません。そのアドバイスはあなたの自我に沿うものかもしれませんし、沿わないかもしれません。

自我を意識することではじめて、自分が何を大事だと思っているのか?自分が下してきた決断の裏にあるものに気づきます。そして幸せな未来をゲットするために変えなければいけない自我の存在にも気づくことができるのです。

過去との決別

決断日記を書いていると、「あの時、ああすればよかったのに!!」と後悔の念が生まれることもあるでしょう。しかし本レポートで繰り返しお伝えしてきたとおり、後悔という感情は進化した人間の産物であり、非生産的な活動の原因になるものです。

そして後悔の念を持ち続けると、その時の感情が増幅されて、記憶として固定化することだってあります。過去の嫌な記憶が固定化することを「トラウマ」といいます。

トラウマになった感情は、壁に染み付いた汚れのようなものです。とても厄介な存在です。落とそうとしてもなかなか落ちません。そこでわたしたちは日ごろからトラウマを予防しておく必要があるのです。

これからあなたに後悔の念を無理なく消すイメージトレーニングを紹介します。

少しイメージしてください。あなたは今、川の目の前にいます。川の対岸までは30mほどあります。広い川です。水の流れはゆるやかで、水深は30cmといったところです。いい天気です。

あなたは裸足になり、川の中心まで歩いていきます。今、川の中心まで到着しました。上流から、赤いボールが流れてきます。その赤いボールの中身は、あなたの後悔がギュウギュウにつまっています。あなたが赤いボールに触れると、思い出したくもない後悔の念をリアルに感じます。

後悔の念の無意味さを知っているあなたは、赤いボールをそっと手放します。すると後悔の念が詰まった赤いボールは、あなたのそばから少しずつ離れてきます。

手を離してから数秒はあなたの手に届く範囲に赤いボールはありました。しかし時間が10秒も経過すると、赤いボールはあなたの手の届かない位置にあります。

1分も経過すると赤いボールはあなたの完全に手の届かない遠くに離れてしまいました。あなたがどれだけ頑張って追いかけても赤いボールに触れることはできません。あなたができることは、赤いボールの行く先を目で追いかけることだけです。

2分も経過すると、赤いボールが「点」のようにしか見えなくなりました。赤いボールの色も判別できないぐらい遠くに運ばれてしまったのです。

あなたは遠くに行ってしまった赤いボールを思い出すことはできます。しかし思い出すことになんの意味があるでしょうか?あなたは二度と手にとれない赤いボールの存在を思い出す理由など一つもありません。赤いボールを思い出す理由を強いて挙げるとするならば、「娯楽」です。

感動で涙を流したいときのように、映画館やミュージカルを見にいくこともできます。しかし忙しいあなたは、赤いボールの存在を思い出すだけで「後悔」という感情を味わうことができます。しかも無料です。

しかし赤いボールの存在など、カネを支払ってでも思い出したくないというのがあなたの本音でしょう。思い出したくないものを無理して思い出す必要など一切ないのです。

最後に一番重要なポイントを1つ紹介します。あなたの目線は今、赤いボールを追って下流にくぎ付けになっているでしょう。このままではいけません。あなたは体の向きを180度回転して、上流に目を移さないといけません。

上流から流れてくるのは、後悔の念がつまった赤いボールだけではありません。希望がギュウギュウにつまった「ゴールド」のボールも流れてきますし、達成感がギュウギュウにつまった「銀色」のボールも次々に流れてきます。

下流にばかり目をやっていては、上流から流れてくる新しいボールをつかむことは不可能です。あなたは、上流に目線を移動させなければいけないのです。

いかがだったでしょうか?

さきほど「時間は現在から過去に流れる」という話をしました。実は、川の水の流れこそが「時間」を意味します。

上流から流れてくる水は、あなた(現在)を通過し、下流(過去)に流れていきます。下流に流れ出す水のように、過去は遠ざかっていくばかりなのです。

あなたが後悔の念を感じたら、たった今わたしが紹介した上流から下流に運ばれる赤いボールをイメージしてみましょう。きっと、二度と後悔の念に足をとられて身動きできなくなることはないでしょう。

最後に

「後悔」という非生産的な呪縛から100%解き放たれたあなたは、未来に向かって力強く走り出す準備を整えたことになります。

しかし本レポートで紹介したアイディアやワークを実践する時には、注意すべきことがあるので最後にお伝えしようと思います。

後悔の念をもたないということは、過去に執着しないことを意味します。

しかしあなたがこのレポートに書いてあることを100%実践すると、ほとんどの人は「後悔」することに慣れ、優柔不断であることに慣れ、ワクワクした未来に期待することも諦めていることを自覚すると思います。

過去に縛られて、優柔不断で、ワクワクする未来の話など今まで全くしなかったあなたが、過去に囚われず、決断するのが早く、楽しいことばかり話すようになったら周りの人は本当にびっくりしてしまうのです。

田舎で生活していた人が都会に上京してくると、都会の人の歩く速度に驚かされます。通勤中のサラリーマンがエレベーターを歩く姿をみて、「これが都会か!」とカルチャーショックを受けるのです。しかし田舎から上京してから数か月もたたないうちに、都会のスピードに順応します。

都会の雰囲気が染み付いてしまってから田舎に戻ると、田舎で暮らしている友人に「なんか、変わったね」とネガティブな反応をされたという話は、よくある話です。

もしあなたが過去に囚われず、決断するのが早く、未来志向の人間になると、周囲の人間が違和感を覚えるような状況がカンタンに生み出されます。その原因は、あなたという人間が別の人間になったからです。あなたの心が変わると、あなたはこれまで仲良くしていた人達が知っているあなたではなくなります。

一緒にいて居心地がよかったはずのあなたを別人のように感じるのですから、周囲の人間にとっては「居心地が悪い」ということになるのは自然なことです。

決断が早くなると「あなたらしくない」といわれます。これまでするはずがなかった決断をすれば「あなたは変わった」といわれます。

他人から「変わったね」と指摘され、「非難」されてはじめて、あなたは「他人の期待通りに生きていた」ことを自覚してショックを受けるかもしれません。

あなたのすべてを応援してくれていると思っていたほとんどの他人が「あなたの思うままを応援していた」わけではなく、「こうあってほしい、と他人が期待するあなた」を応援していたことを自覚するでしょう。

わたしも脱サラして事業が軌道にのってからは、あらゆる価値観がガラリと変わりました。見た目は似たような人間なのに、他人からすれば「どなた様でしたっけ?」と尋ねたくなるような行動を次から次へと繰り返すからです。

例えばレストランにいけば、メニューを迷わず決めます。友人同士で「どうする~?」といいながら悩むような場面でも「これがいい」と即決してしまいます。友人から誘われても「行けたら行く」ということがなくなります。「行く」か「行かない」の返事は、その場でハッキリ伝えてしまうのです。

友人が愚痴をこぼしている最中であれば、今までなら興味があるそぶりで話を聞くこともできたのに、黙って話を聞いている時間が無駄に思えてしまい、つまらなそうな表情を隠すことが次第に難しくなってきます。

以上のようなことはすべてわたしが経験してきたことです。

このレポートであなたにお伝えしたことは、周囲の人間から猛烈な抵抗に遭うほどに強烈なパワーをもっていることは忘れないでください。

人は居心地の悪さをそのままにしておくことができない生き物ですから、必ず居心地の悪さを解消する行動をとるでしょう。

あなたには2つの道があります。

1つ目の道は「元のあなたに戻る」という選択肢です。

2つ目の道は「未来志向の人間に進化する」という選択肢です。

「離婚する」ということは、ここ数年の結婚生活で経験したかった出来事に直面することを意味します。

素敵な経験もするでしょうし、嫌な出来事も経験するかもしれません。ですから少なくとも周囲の人間から「変わったね?」といわれるたびに驚いてしまうようでは離婚しても後悔する可能性は高いと思います。

あなたは「元のあなたに戻る」、「未来志向の人間に進化する」どちらの選択肢を選びますか?